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横浜地方裁判所小田原支部 昭和37年(ヨ)59号 判決 1964年5月27日

申請人

後藤陽子

右訴訟代理人弁護士

浜口武人

高橋融

小池通雄

右訴訟復代理人弁護士

佐川昌彦

被申請人

ソニー株式会社

右訴訟代理人弁護士

馬場東作

福井忠孝

伊藤友夫

主文

一、申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を仮に定める。

二、被申請人は申請人に対して金一五万八、九五六円および昭和三八年一一月から本案判決確定にいたるまで毎月二五日限り金一万一、〇〇〇円、を仮に支払え。

三、申請人のその余の申請を却下する。

四、申請費用は被申請人の負担とする。

事実

申請人代理人は、「主文第一項同旨ならびに被申請人は申請人に対し金一八万七、一一八円および昭和三八年一一月から本案判決確定にいたるまで毎月二五日限り金一万三、四五〇円を仮に支払え。申請費用は被申請人の負担とする」との裁判を求め、申請の理由としてつぎのとおり述べた。

一、申請人は、昭和三七年四月一八日ソニー株式会社(以下単に被申請人又は被申請人会社と呼称する)厚木工場(厚木市厚木三、一〇〇番地所在)に試採用者として雇傭されたが、その試用期間は採用後三ケ月と定められ、右期間中特は被申請人会社において右会社従業員として不適格であることのない限り、右採用後三ケ月の期間を経過した同年七月一八日以後当然に本採用となり正規の従業員としての取扱いをうける契約であつた。

二、しかるに被申請人会社は、同年六月二一日申請人に対し神経科専門医武田専の診察を受けさせたうえ、同月二六日申請人に対し「ヒステリー性抑うつ症であり集団生活に適さない」との理由をもつて右本採用を拒否する旨の意思すなわち解雇の意思を表示し、申請人にその旨通告した。

三、しかしながら申請人に対する右本採用拒否の意思すなわち解雇は以下にのべる理由により違法であり無効のものである。

(一)  申請人に対し本採用を拒否したことは解雇権の濫用である。その理由はつぎのとおりである。

(1)(診断手続およびその結果の違法、不当性について)

(イ) 前記神経科専門医武田専の申請人に対する診断は精神衛生法第二三条所定の手続をとることなく行なわれたものである。

被申請人会社は同法所定の保護義務者ではないから、会社従業員について精神障害の疑を生じ専門医の診察が必要であると判断したときは、同法第二三条の規定により県知事にその旨申請し、同法所定の手続にしたがつて診察しなければならない。しかるに被申請人および右武田医師は、申請人を精神障害の疑ある者と扱つていながらこの手続をとつていないから、同医師の診断は同法に違反する。

かりに、被申請人が申請人を精神障害者ないしはその疑のある者として扱わなかつたとしても、その診断方法は本人の同意を得ることもなく、また保護者である両親の承諾を得ることもなく一方的に行われたものであつて、通常とられるべき配慮を欠いた不当なものである。申請人は若し精神科の医師の診断であることがわかつていたら拒否していた筈である。

また労働基準法第五二条、労働安全衛生規則第五〇条も労働者の雇入の際および定期健康診断の場合に適用があるのであつて、本件のように定期健康診断とは別に一部の者を対象として行う診断の場合には適用はないのである。したがつて同条同規則によつて申請人に対する右武田医師の診断を合法化することはできない。

(ロ) 申請人は申請外伊藤利子とともに、昭和三七年六月二一日前記のように武田医師の診察をうけたのだが、その結果、申請人は「病名ヒステリー、但し抑うつ状態、恐怖症を加味し、詳しくは混合神経症と考えられる」旨の診断ををうけ、申請外伊藤利子の方は「ヒステリー性朦朧状態」と診断された。しかしながら右診断時申請人は生理期間中であつたのであり、そして申請人が思春期(昭和一九年九月一七日生)であり、精神状態がいちじるしく不安定な時期であることを同医師は全く問題にしていない。

そこで、右診断の方法ならびにその結果に対して怒りと疑問をもつた申請人は、前記申請外伊藤利子とともに同月三〇日都立松沢病院において自発的に同病院医師蜂矢英彦の診察をうけたが、その結果両名とも「とくに精神障害を認めず、附記現在集団生活を不可能とするような精神異常は認められない」との診断を得た。しかして右蜂矢医師が申請人らを診察した当日は申請人は表情はやゝ陰気であつたが抑うつ的なところはなく、態度はむしろ控へ目で節度が正しく、質問には素直によく答え、談話はまとまつていて誇張した表現や演技的な態度もみられなかつたとのことである。したがつて若し仮に武田医師の診断当時ヒステリー性抑うつ状態であつたとしても、その後一〇日位を経て右蜂矢医師の診断をうけた当時は全く回復しているのであるから症状は極めて軽度な一過性のものであつたといえる。したがつて以上の点よりみれば、武田医師の申請人に対する診断はその正確性信用性を甚だしく欠くと言わなければならない。

(ハ) しかるに被申請人会社は右武田医師の申請人に対する以上のような違法で信用性のない診断を基礎にし、しかも事実に反し申請人を「ヒステリ性抑うつ症」すなわち病気(精神病)として解雇したのであるから本件解雇は無効であること論をまたないところである。

(2)(作業態度および寮生活について)

(イ) 申請人は被申請人会社に入社してから昭和三七年五月三一日までバーハンダメツキと称する作業に従事し同年六月一日からICO測定と称する作業に変つたのだが、その間直接申請人の作業態度に接したのはチーフである中村哲也一人であり、職場の課長、係長はその作業態度を伝聞しているに過ぎないのである。

ICO測定に移つてから、製品の測定に迷つた際、隣接の者に教えを求めたことがあるが、仕事中特別に仕事を怠けてわき見を多くしたり、隣接した作業員に話しかけておしやべりをしたようなことはこれを直接見聞している者はないのである。また「係長とデートした」とか「指導の男子からハンドバツクをもらつた」という虚言を周囲の者に語つたというような事実もその真偽の程はうたがわしく、このようなことは職場でも寮でもうわさにもなつていないのであつて、事実をつくりあげている可能性は強いと言わなければならない。

(ロ) つぎにICO測定における申請人の作業についてであるが、ICO測定ではトランジスターに流れる電流の電流値を読み、その値によつてトランジスターを区分する作業を行つているのであるが、この作業をしているとき申請人が良品と不良品とを間違つて区分したという事実も明確でない。この区分の判定は必ずしも容易なものではないし、仮に申請人に作業上のミスがあつたとしてもとるに足らないさ細なものであつたのである。現に被申請人は試用期間の満了日である七月一七日まで申請人を他の作業に移動させることもなく同じ仕事を続けさせていたのである。

(ハ) 申請人の寮生活の問題についても、特に友人をいぢめたりしたこともなく、申請人は明朗な性格で同僚の人気があつたのである。また友人をいぢめた等ということは解雇理由にはならないし、そもそも寮生活上の問題は労働者の私生活の自由に関すること(労働基準法第九四条)であつて労務管理の一環として統制されることは許されないし、このような私生活上の問題を解雇理由に加えることは許されないのである。

(3)  ところで試用契約の法的性質は、労働者が継続的な本来の労働関係へ移行することを前提としてこの労働者に対する勤務上の適格不適格の価値判断を行うことを目的とするものであるから、いわゆる臨時雇とは異なるのである。この契約の性質は画一的に規定することは困難で試用に関する労使の合意、慣行或は就業規則の型態等によつて個別的具体的に判断しなければならない。

本件の場合は、試用期間を定めて労働者を雇入れ、その期間内に労働者の勤務上の適格性を判断し、適格であれば本来の従業員に昇格させるが、不適格ならば従業員たる地位を失わせる趣旨の契約或いは右期間内に不適格と判断されなかつた場合には当然に本来の従業員となる趣旨の契約すなわち停止条件付労働契約とも解されるのであるが、いずれにせよ本採用を拒否することは、このような条件の成就を妨げ継続的な労働関係を破棄することになるので、その法律効果は解雇の場合と何ら異なるところはない。したがつて試傭者を不適格と判断する場合には解雇の場合と同様相当の理由がなければならないのは当然の帰結であるが、本件申請人会社において本採用を拒否した前例としては、例えば窃盗罪を犯したというような破廉恥な行為をなした者の場合についてのみ見られるところであつて、申請人の場合のような事例は空前のことである。本件の場合以上のような次第であるから申請人を不適格と評価するについて相当の理由があるとは到底解されない。したがつて従業員として不適格と判断するについて相当な理由を欠く申請人に対する本採用の拒否は解雇権を濫用したもので無効であり、したがつて使用者が故意に本採用となるべき条件の成就を妨げた場合にあたるので条件は成就されたものとみなされ、申請人は正規の従業員となつたものと言わなければならない。

(二)  つぎに本件解雇は組合の弱体化をねらつた不当労働行為であり、労働法に違反するので無効である。

被申請人会社は、同社従業員をもつて組織されているソニー労働組合を嫌悪し幾多の支配介入を重ねたために、昭和三七年三月一四日東京都地方労働委員会から組合に対して支配介入してはならない旨の救済命令を受けた。ところが被申請人会社は右命令をうけて反省するどころか、ますます組合に対する敵意を強め、とくに組合組織の強い厚木工場においては、組合に対する圧迫を強化するとともに、新入社員に対し同社員らの組合加入を阻止するために反組合的宣伝を重ねてきた。とくに使用者が試用契約を締結する場合は、使用者が解雇に対する制限を免れて大幅な解雇権を確保したいという脱法的な意図が秘められていることが多いので、労使関係の実質を考察することが必要である。

申請人と前記伊藤利子はともにいわゆる過年度卒業者であつて同時に入社した者にくらべて二年も年長であつた。そして申請人は厚木工場における組合主催の学習会に三回ほど定期的に出席したし、同じく組合主催のフオークダンスに右伊藤とともに数回参加し次第に組合への関心を深めていつた。このまま放置すれば申請人と右伊藤とが本採用と同時にソニー労働組合に加入するだけでなく、近い将来その活動家に成長し、そして同年度の新入社員に対し大きな影響を与えることは火を見るより明らかであつた。本件解雇の真の原因はこの点にあるのである。すなわち被申請人は、このように影響力の大きい申請人と伊藤を解雇することによつて、本採用とともに大量に組合に加入しようとしていた申請人ら新入社員に警告を与え、同時に組合組織の拡大強化を阻止しこれに打撃を与えようとしたものに外ならない。これは前記の一連の不当労働行為の一環をなす解雇であつて、申請人らの組合への接近、組合活動への参加を理由として為されたものであるから不当労働行為として無効である。

四、以上のとおりであるから、申請人に対する本件解雇は無効であり、申請人は被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にある。

しかして申請人の本件解雇当時の賃金は一ケ月金一万一〇〇〇円であつたが、申請人は昭和三七年七月一七日まで右賃金の支払を受けたが以後はその支払をうけていない。したがつて本件解雇が無効である以上同月一八日以後の賃金を請求する権利がある。そして右賃金は試採用から本採用にかわつても採用初年度は賃金に変化はないが、昭和三八年四月からベースアツプが行われ、申請人と同時に入社した者の賃金は一ケ月金一万三、四五〇円となつた。よつて昭和三七年七月一八日から同三八年三月末日までを毎月一万一、〇〇〇円とし、同年四月一日から同年一〇月末日までを毎月一万三、四五〇円の割合で算出すると、その総額は一八万七、一一八円となる。

なお、被申請人会社の賃金支給日は毎月二五日である。よつて被申請人は申請人に対し一八万七、一一八円および昭和三八年一一月から本案判決確定にいたるまで毎月二五日限り一万三、四五〇円を仮に支払う義務がある。

五、申請人は被申請人会社に入社したことによつて賃金請求権のほかに、寮の居住使用、会社食堂その他の厚生施設を利用する権利を取得したが、これらの権利を否定された状態が長くつづけば、年少の身で故郷を離れて独立の生活を営みわづかな賃金をこれらの施設利用による利益によつて補つてきた申請人は、その生活が著しい強暴にさらされ最低生活すら困難になること明瞭である。したがつて賃金請求権に加えてその他の労働契約上の権利を有する地位の保全を求める必要がある。

被申請人の答弁に対し

一、被申請人は本訴訟係属の当初においては武田医師の診断の結果を本件解雇の主要な理由としているが、その後さ細で不正確な作業上ならびに寮生活上の問題をこれに追加し、さらにはこの追加部分を前面的に押し出して来ている。このように被申請人の行なつた解雇理由が動揺変化すること自体解雇が無効であることを示す重要な事実であると言わなければならない。

二、被申請人は先に申請人に対する武田医師の診察は精神衛生法第二三条所定の手続を経ないでなしたことを認め、その後これを訂正して否認するにいたつたが、右は自白の撤回でありしたがつてその撤回には異議がある。

と述べた。

被申請人代理人は「本件申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする」との裁判を求め、申請の理由に対する答弁として、つぎのとおり述べた。

一、請求原因第一項のうち、申請人が昭和三七年四月一八日被申請人会社厚木工場に試用されたこと、右試用期間が三ケ月であること、試用期間中従業員として不適格であると判定されない限り本工に採用されるものであつたことは認める。

同第二項のうち、被申請人会社が申請人に対し神経科専門医武田専の診察をうけさせたことは認めるが、その診察の日は同年六月一九日であつて六月二一ではない。その余の事実は否認する。

同第三項のうち、申請人および申請外伊藤利子が都立松沢病院において蜂矢医師の診断をうけたこと、被申請人会社が昭和三七年三月一四日東京都地方労働委員会より申請人の主張する趣旨の救済命令をうけたこと、申請人および右申請外伊藤が新入社員中では比較的年長であつたことはいずれも認める。

つぎに先に前記武田医師の申請人に対する診察が精神衛生法第二三条所定の手続を経なかつたことを認めたが、これは申請人に対し書面等による同意を得ないで診察したという意味で認めたのであり、本件のように黙示の同意を得て診察したような場合には同条の適用がないことは後述するとおりであるので、この点は訂正して同条所定の手続を経なかつた旨の右申請人の主張は争う。

申請人が右右武田医師の診断をうけた当時申請人が生理期間中であつたこと、申請人が右申請外伊藤利子とともに組合主催のフオークダンスに参加したことはいずれも不知であり、その余の申請人に対する本件解雇が解雇権の濫用である旨の主張および不当労働行為であるとの主張はすべて争う。

同第四項のうち、申請人の本件解雇当時の賃金が一ケ月一万一、〇〇〇円であつたこと、申請人と同時に入社した者が昭和三八年四月分賃金から一ケ月金一万三、四五〇円になつたこと、申請人に対し昭和三七年七月一七日までの賃金が支払われたこと、被申請人会社の賃金支払日が毎月二五日であることはいづれも認めるが、被申請人対し同年七月一八日以後の賃金の支払を求める部分は否認する。

同第五項はすべて争う。申請人は賃金請求権のほかに寮の居住使用、食堂その他の厚生施設を利用する権利を取得していると主張するが、寮の使用とか食堂の利用というものは使用者が便宜的に与えるものであり、労働契約の内容となつているものではない。しかして労働者には就労請求権が認められないから、就労にともなう使用者の右のような便宜供与が労働契約の内容となつているとしてその権利を主張することはできない。

仮に右のような使用者の便宜供与が労働者の権利と認めうるとしても、仮処分の必要性の範囲を逸脱するものである。

二、被申請人会社は申請人を昭和三七年四月一八日試用工として採用したが、三ケ月の試用期間中申請人を観察した結果本採用とするに不適当であると判断したので、同年七月一七日試用期間満了の日を以て申請人を本採用としない旨通知し同人を解雇したものである。

三、被申請人が申請人の本採用を拒否した理由はつぎのとおりである。

(1)(診断手続およびその結果について)

(イ)  申請人は昭和三七年四月一八日過年度中学卒業者として被申請人会社に採用され、試用期間三ケ月の試用者として勤務したものである。

ところが申請人は全寮制度をとつている被申請会社厚木工場女子寮において、同室の伊藤利子に対し自分のところには手紙がくるがあなたのところにはこないとか家から送金があつた等くり返しのべて相手に対して優越的態度を示すことによつて不快感を与えたり、同室の二階堂賀をいぢめたりすることがあつた外、職場においても係長代理からデートに誘われたとか、指導員男子から書物をもらつたのは自分には好意がある現われだとか、係長からハンドバツクを貰つた等と全く虚偽の事実を言いふらして周囲の関心を引いたり、就業時間中他の従業員との私的雑談の中心となつているのでチーフが注意したところ茶化すなどのことがしばしばあつたりして、寮生活の融合性からも職場規律上も好ましくない態度が見え、感情の抑制作用が円滑でないことが看取された。そこで当時寮の全般的な健康管理と寮生の生活指導に当つていた荒尾雅也は、申請人と同様感情の抑制作用に欠け、事故をおこし神経症で入院した女子寮生がいた前例を経験していたため、申請人についても事故の発生をおそれ、同年六月一二日会社の嘱託医であつた小林吉哉医師に事情をのべて相談したところ、同医師は前記精神科専門医武田専の来診を求めることとなつた。

同年一九日厚木工場診療所において、右武田医師は小林医師ら会社嘱託医の意見をきいた後、申請人および申請人同様その精神面に問題のあつた前記申請外伊藤利子両名を診察し、その結果申請人についてはヒステリー、但し抑うつ状態恐怖症を加味し、詳しくは混合神経症と考えられる旨診断し、右伊藤についてはヒステリー朦朧状態と診断したものである。しかしてその診察については両名から何の異議も出なかつた。

(ロ)  申請人は神経科専門医武田専の申請人に対する診察は精神衛生法第二一三条に違反すると主張するが、同条は精神障害者を保護するためにその必要があるときは保護義務者だけでなく第三者もまた知事に精神鑑定医の診察をもとめることができる旨を指定したもので、本件の場合のように第三者が衛生管理の必要から単に精神科医の診察をもとめるに過ぎないような場合だとか本人が異議なく受診した場合には同条の適用はないのである。労働基準法第五二条安全衛生規則第五〇条第一項第一号により使用者が健康診断を行う場合には神経系統その他臨床医学的検査も行いうるのであるから、精神科の専門医でない会社の嘱託医が神経科専門医武田専の診察をもとめたことは当然であり、その診察手続に何らの違法はないと言わなければならない。

また武田医師の申請人に対する診断は正確性信用性を欠くと主張しているのは、松沢病院における蜂矢英彦医師の申請人に対する診断が「とくに精神障害を認めず」としていることに根拠をもとめているがヒステリーは神経症に属し、診察日時を異にした蜂矢医師との診断の違いは、日時が経過して状態がかわつているという観点からして両医師の診断は間違いではないのである。したがつて武田医師の診断は誤りであると主張するのは正しくない。

(2)(申請人の作業態度について)

申請人は、昭和三七年四月一八日被申請会社厚木工場に入社後、同年六月一日従前のバーハンダ付の配置からICO測定の配置に移つたが、右ICO測定はトランジスター組立工程中では第二関門に当る作業で、測定装置のブラウン管にうつる図形をみながらトランジスターを一定の基準にしたがつて検査し、これを良品と不良品とに判別する作業である。作業内容は極めて単純であるが、相当高度の注意力と正確性が要求されるのである。

しかるに申請人は仕事中わき見をしたり、隣の者に話しかけたりして落着きを欠き、同年六月中旬鈴木エンジニヤーが実験のためテストロツトを流したところ、科学的に予期した成果が得れれないので、同エンジニヤーが申請人のそばに行き同人の作業を注意して観察したところ、申請人は断線とICO再生とは映像が全く異なり見間違うことのないのに拘らずこれを混合し、注意力が散漫であることを示した。また作業のやり方を繰り返し注意しても理解が悪いし、良品と不良品を混同して作業に支障を来す等のことがあつた。

(3)(会社のとつた措置および主張)

(イ)  右のようなトランジスター組立作業員として最も必要な注意力と正確性につきこれを疑わしめる作業態度であつたこと、作業中にも自己を顕示するため前述のように虚偽の事実を流布したことによつて本採用とするのに不適当する旨の意見具申が申請人の直接の上司である中村チーフから係長になされ、又右事実が寮の管理者であつた前記荒尾雅也の耳にも入つた。一方申請人の入社当時実施せられたSCT(文章完成法)の結果が同年六月中旬頃わかり、これによると申請人は分裂気質があることが判明し、前記のような申請人の平素の観察と併せ考え従業員としての適格に疑いをもち、正確な診療をするためからもこれを医師に診察させる必要を認めたのである。その結果申請人は前述のようにヒステリーと診断されたので、結局被申請人会社は申請人が前記のように勤務態度が注意力と正確性を欠き指示に対して理解が悪いこと、虚偽の事実を流布し感情の抑制が円滑でないこと寮生活において協調性を欠くこと等を総合勘案し、作業上も共同生活上も本工として業務を経継することは適当でないと判断し本採用にしないこととした。そこで同年六月二六日申請人および申請人と同様従業員としての適格に疑いをもたれた前記申請外伊藤利子の両名に対し、工場の仕事に向かないから帰郷するように勧告し、同月二八日付で同人らの家庭に対し当工場に不適である旨および同人らに対する専門医の診断の結果を報じ、同人らを近日中にお返しする旨告げたのである。

これに対し同人らは試用期間満了の日まで就労を希望したので、同人らの心情も考慮し、また右のようなことが一般に知られることは好ましくないので試用期間満了の日である同年七月一七日まで勤務させることとしたのである。作業上のミスがわかつてからも同一配置につけていたわけは、試用期間満了まで短期間であつたし、同人らに平静を保たしめようとする善意にもとづいて満了日まで同一の職場に勤務させていたもので、この点申請人から非難されるいわれはない。

(ロ)  ところで試用契約の法的性質は、試用期間中使用者が本人を従業員として不適当と判断することを解除条件として締結された労働契約と解するか、試用期間中は就業規則の制約なしに解雇できるよう解除権ないし告知権を使用者に留保した労働契約であると解すべきものである。このことは入社と同時に交付する従業員試傭書但書第三項に「所定の試傭期間終了までに従業員として不適当と認められた者は採用しないことがある」と規定しているほか、厚木工場規則は試用の手続を経てはじめて就業規則の適用をみることに定められていること、したがつて試用期間中は就業規則の制約なく解雇できると解せられることから首肯できると解する。

しかして申請人を従業員として不適確と判断するについて客観的に相当な理由があつたかどうかということが本件の唯一の争点であると解せられるところ、前述したような申請人の生活態度、作業上の勤務状況、医師の診断の結果等を総合してみると、思春期の女子従業員を集団的に管理し、細かい単純な作業工程を有する使用者として申請人の本採用を拒否することは当然のことであり、同種企業を営む使用者の誰れをその立場に置いても同様の結論になるであろう。被申請人が前述のような具体的事実のもとにおいて申請人に対し、会社の効率的運営に寄与する期待をもつことが困難であると判断したのはもつともであり、、客観的に相当な理由があるというべきである。

四、つぎに申請人に対する本採用の拒否は不当労働行為の成否の問題とは全く無関係である。

被申請人会社は申請人が組合主催のフオークダンスに参加したとか学習会に加わつたということは知らなかつたのである。試用員は組合に加入していないのであるから、申請人を解雇したからと言つて組合の団結権に影響を及ぼしその弱体化に結びつくとは到底考えられない。いわんや会社が大幅な解雇権を確保したいという脱法的意図をもつていたとか、真の意図は組合の弱体化にあるというのはその主張自体理解に苦しむところである。現に申請人と同時に入社した者は本採用になつてから一〇〇パーセント組合に加入しているのである。むしろ申請人および前記申請外伊藤利子の解雇問題を組合がとり上げた経緯は、組合でない者に対し会社がとつている措置に対する組合側の攻撃のため案出されたものでありまたその頃同時に発生していた他の従業員の解雇問題や組合役員の配転問題について東京都地方労働委員会に提訴しているのを有利に解決しようとしたものであるに過ぎない。

疎明≪省略≫

理由

一、申請人が昭和三七年四月一八日被申請人会社厚木工場に試採用者として雇傭され、その試用期間は採用後三ケ月であつたこと、右試用期間中従業員として不適格と判定されない限り、右採用後三ケ月の期間を経過した同年七月一八日以後本採用となり正規の従業員となる契約であつたこと、しかるに被申請人会社は申請人に対し神経科専門医武田専の診断を受けさせたうえ、同人を本採用としない旨の意思を表示しその旨同人に通告したことは当事者間に争いがない。

二、申請人は被申請人会社の右本採用拒否の処分すなわち解雇は、解雇権の濫用であると主張するので判断する。

(一)(申請人が精神科医の診断をうけ本採用を拒否されるにいたつた経過)

<疎明―省略>によればつぎの事実が認められる。

申請人は、本藉地である宮城県玉造郡岩出山町の高等学校第一学年を中退し、前認定のとおり昭和三七年四月一八日被申請人会社厚木工場に試採用者として入社したものであるが一週間の基礎訓練をうけたのち、同工場製造二課において同年五月三一日までトランジスター組立工程中の「バーハンダ付」と称する作業に従事したが、同年六月一日から「ICO測定」と称し、トランジスターを測定器にかけて、右測定器のブラウン管を通して写る影像をみながらこれを良品と不良品に判別分類する作業に変つた。ところが申請人会社は同年六月一九日申請人を電話で呼び出し、同工場従業員申請外伊藤利子ほか数名の者とともに前認定のとおり神経科専門医武田専の診察を受けさせたのである、その際、申請人は同医師が精神科の医者であり、自分が精神的疾患の有無について診察を受けるものであることはよくわからなかつたが、被申請人会社の求めに応じ約三〇分間にわたつて問診をうけた。(中略)右診察の結果、申請人は「ヒステリー、但し抑うつ状態、恐怖症を加味し、詳しくは混合神経症と考えられる」との診断をうけ、前記申請外伊藤利子は「ヒステリー朦朧状態」と診断されたことは当事者に争いなく、さらに前掲証拠によれば、右診断をうけてから数日を経た同月二六日申請人は右申請外伊藤とともに同工場総務課長佐藤清勝に呼出され、申請人は同課長から「三ケ月たてば本採用になるが、どうもこの会社には不向きですね。試験のときはその人の性格がわからなかつたが、あなたは仕事中よく横を向きますね、またトランジスターの測定をいい加減にしたり、不良品を良品に入れたらかえつて手間がかかるのですよ。どこか外の会社でのんびり働く方がよかつたかも知れないね、故郷へ帰つた方がよいのではないか」との趣旨のことを言われて退職の勧告をうけ本採用を拒否する旨のことを言われた。申請人は事の重大さと意外さに驚ろき、寮に帰つてから申請人同様退職の勧告を受けた同室者の前記伊藤利子とともにその夜は寝ることも出来ず、泣き明かすような状態であつたが、翌二七日頃部屋の者から精神的病気を理由として退職される旨知らされさらに同日頃当時寮の管理の仕事をしていた荒尾雅也に呼ばれ右退職理由の説明をうけることになつた。たまたまその頃申請人ならびに右伊藤利子両名が精神病で会社を止めさせられるとの噂を聞き知つたソニー労働組合の本部書記長木村信および同組合厚木支部執行委員長長田弘志は事の重大さを認識し、申請人とともに右荒尾雅也のところに同道しその説明を求めたところ、同人は「申請人はヒステリーで抑うつ性だ、団体生活に適さないから、本人のためにも会社を止めた方がよい」という趣旨のことを言われた。

そこで申請人はさらに精密な診察をうけるため、同年六月三〇日前記木村信に連れられて伊藤利子とともに都立松沢病院におもむき同病院医師蜂矢医師の診察をうけたが、同医師は同女等に対し問診、脳波描記、ロールシヤツハテストの検査を行ない、約三時間にわたつて診察を行なつた。その結果両名とも「とくに精神障害を認めず、現在集団生活を不可能とするような精神異常は認められない」との診断をうけた。しかして<疎明―省略>によれば、申請人は前記のように六月二六日退職の勧告をうけ本採用を拒否されたが、本人の希望もあり被申請人会社も了承のうえ、試用期間の満了日である同年七月一七日まで従前どおりICO測定の作業に従事していた。

以上の事実が認められ右認定をくつがえすに足る疎明はない。

(申請人の主張に対する判断)

(1) 申請人は、被申請人は先に右神経科専門医武田医師の申請人に対する診察は精神衛生法第二三条所定の手続を経ないでなしたことを認めその後右自白を撤回してこれを争うにいたつたから、右自白の撤回には異議があると主張するが、被申請人が右武田医師の申請人に対する診察が同条の手続を経ないでなしたことを認めたのは、右診察は同条の手続を経なくても行い得る場合であるからその意味で同条の手続を得ないで診察したことを認めたものと解せられるので、右主張は結局相手方の主張を争つているものというべく自白には当らないというべきである。

(2) そこで申請人に対する右武田医師の診断が精神衛生法第二三条所定の手続をとることなく行なわれたものであるから同法に違反するとの申請人の主張について考えてみるに同条は精神障害者又はその疑のある者を知つた者は誰でも都道府県知事に対してその者の精神鑑定医に診察させることおよび必要な保護をなすことを申請できることを規定したものであり、同条は同法第一条に規定するように精神障害者等に対する医療保護を適正迅速に行い且つその発生を予防するという見地から、保護義務者だけでなく第三者もまた知事に同法に規定されている措置収容等の処分を求め得る旨規定しているもので、いわゆる禁止規定ではなく、したがつて同条に定める手続以外の方法によつて第三者が精神障害者あるいはその疑いのあるものを一般の精神科医に診察させることを禁止した規定とは解されない。ことに使用者は職場衛生ならびに労働者の健康を管理するために労働者に対し雇入の際及び定期に健康診断を行なわなければならない旨義務づけられており(労働基準法第五二条第一項)、さらに右健康診断に際しては神経系統その他の臨床医学的検査も行なわなければならない旨定められている(労働安全衛生規則第五〇条第一項第一号)のである。

しかし成立に争いのない乙第二号証のソニー株式会社厚木工場就業規則第六〇条によれば、同会社は定期健康診断を行いうる旨、さらに従業員は会社の行なう安全衛生についての措置に進んで協力しなければならない旨規定してあり、そして同条は同会社一般従業員のみならず試採用者についても準用されるものと解すべきであるから、(同就業規則第一号第二項参照)被申請人会社は以上の規定の趣旨に照らし、試採用者を含む従業員の精神的疾患の有無について精神衛生法第二三条所定の手続をとることなく一般精神科医師の受診を求めることができるものと言うべく、さらに前掲証拠によれば、被申請人会社が申請人を右武田医師に受診させるについては特に申請人もしくはその保護者の同意を得ることなく診察を求め、また同医師もその求めに応じて診察したことが認められるのであるが、使用者ないしは医師が本人の精神的疾患の有無について診察を行う際に、本人又はその保護者の同意を得なければ診察を行つてはならない旨の規定もないので、右のような事実があつたからと言つて同医師の診察を違法ということはできないし、又前記説示の趣旨に照らしその診察を不当ということもできない。

(3) つぎに申請人は武田医師の申請人に対する診断は正確性を欠くと主張するので判断してみるに、前認定のとおり六月一九日の武田医師の診断時においては、申請人は「ヒステリー、但し抑うつ状態、恐怖症を加味し、詳しくは混合神経症と考えられる」旨の診断をうけ、その後一〇日位経過したのち都立松沢病院において蜂失医師から「とくに精神障害を認めず、現在集団生活を不可能とするような精神異常は認められない」との診断をうけているので、わずかな日時の間に異なつた医師から前記のように異なつた診断をうけたこと、しかしてその結論が相当くい違つていること自体は、問題が人の精神面に関することであるだけに注目しなければならない点であるが、この点について前掲甲第三九号証の蜂失医師の意見と同医師の証言の中には武田医師の前記診断の結果と相反する意見をのべ、暗にこれを批判するかの如き供述をなしている部分も見受けられるが同医師も右武田医師の診断を不正確であると断定しているわけではなく、却つて<疎明―省略>によれば、ヒステリーというものはいわゆる狭義の精神異常とは異なり神経症に属するものなので、日時の経過により変化することは当然あり得るものであり、したがつて両医師の診断にくい違いがあつても矛盾するのではないという意見が両名医師共通の意見として述べられていることが認められ、したがつて両医師の申請人に対する各診断がその細部の点はともかく大筋においては間違つているものでないことが認められる。また武田医師の診断当時申請人が生理期間直前ないしはその始期であつたことが<疎明―省略>により推認されるし、申請人本人が昭和一九年九月一七日生まれのいわゆる思春期であることは前掲乙第三六号証により認められるところであるけれども、右の事実を武田医師が全然考慮しなかつたとの点についてはこれを認めるに足る疎明はなく、又乙第三六号証の申請人に対する診療録と題するいわゆるカルテの記載もその誤記を指摘する意味では右カルテの記載は不正確ではあるが、そうであるからと言つて医師の診断自体が不正確で信用性のないものであるとはにわかに断定することはできないし結局以上の事実をもつてしてもなお右認定をくつがえすに足らず、他に申請人の主張を認めるに足る疎明は見当らない。

(二)(被申請人会社が申請人の本採用を拒否するにいたつた理由)

申請人は前認定のとおり昭和三七年四月一八日被申請人会社厚木工場に入社後、試採用者として一週間の基礎訓練をうけたのち、同工場製造二課において同年五月三一日まで「バーハンダ付」と称する作業に従事し、同年六月一日から「ICO測定」の作業にかわり、その後同月二六日前記のとおり被申請人会社から本採用拒否の通告をうけてからも、被申請人会社の了解のもとに同年七月一七日まで同工場に勤務していたが、入社後右本採用拒否の通告をうけるまでの約二ケ月間の申請人の作業態度ならびに寮生活そして被申請人会社が申請人を本採用とすることを拒否するにいたつた理由についてはつぎのような事実が認められる。

即ち<疎明―省略>によれば、申請人は前記「バーハンダ付」の作業に従事しているとき、エツチング室においてエンジニヤーから本をもらつたとか、係長とデイトした等と男女間のプライベイトの問題について突込んだ話しをして周囲の人の歓心をかような態度があり、そしてそのようなおしやべりがかなりの程度であつたので、職場のチーフから度々注意をうけるようなことがあつたこと、そのようなとき東北なまりの意味のわからない言葉で茶化すようなことがあつたこと六月一日「ICO測定」にかわつてから同月中旬頃エンヂニヤーが試験的にテスト・ロツトを何回か流してみたところ思うような結果が得られなかつたので、不思議に思つて申請人の作業の直後にトランヂスターを分折してみたら良品と不良品の判別をまちがえていたことがあつたこと、そしてこのような作業上のあやまりを申請人に対して指摘して注意したことがあつたことが認められ、そこでこのような申請人の作業態度からして本採用するのに適当でない旨の意見がその頃上司に対してなされたこと、一方入社試験の際実施せられたSCT(文章完成法)の結果が六月中旬頃に判明し、それによれば申請人が分裂気質があることがわかつたこと、そしてこのような申請人の作業態度ならびにSCTの結果が当時の寮の管理者荒尾雅也の耳に入り、同人は申請人が感情の抑揚が強く自己中心的な人格傾向の強い性格の持主と思い、それがかつて手首を切つたり異常な言動をとつてヒステリー症などと診断されて前記武田医師のもとに入院させられた女子工員が二名いた前例があつたのと似ていると判断し、会社の嘱託医小林医師に相談して申請人を武田医師に診断させるにいたつたこと、その結果申請人が前認定ののように抑うつ状態と恐怖症を加味したヒステリーと診断されるに至つたことが認められ、かくして六月中旬過ぎ課長会議が開かれた際、以上のような申請人の作業態度、SCTならびに右武田医師の診断の結果が綜合考慮された結果、申請人を本採用とすることは不適当と判定され、前認定のように同月二六日申請人に対し本採用を拒否する旨通知するにいたつたことが認められる。

右認定に反する申請人本人尋問の結果は採用できないし他に右認定を左右するに足る疎明はない。

被申請人は申請人が寮生活において同室のものをいぢめたり、前記伊藤利子に対して優越的態度を示したと主張し右主張にそう、<疎明―省略>に照らしにわかに採用することはできない。

(三)  以上認定の事実にもとづき申請人に対する被申請人会社の本採用拒否の処分の当否を考えてみよう。

(1)  まづ試採用契約の法的性質について考察するに、同契約はこれを一概に規整することは困難で、試用についての労使の合意慣行あるいは就業規則の型態等を綜合考慮し、これを具体的個別的に判断しなければならないことは申請人の所論のとおりである。本件の場合につきこれをみるに、成立に争いない甲第三八号証の申請人後藤陽子に対する従業員試傭期間は昭和三七年四月一八日から同年七月一七日までとされ、同但書第三項によれば「所定の試傭期間終了までに従業員として不適当と認められた者は採用しないことがある」と定められているので、右文言自体からは試用期間を三ケ月とし、契約自体が試用についての契約であるということから、右三ケ月の期間が終了するまでの間に会社の正規従業員として不適当であると判断されたときは本採用としないことがあるということを規定したものと解せられるのであるが、そうだとすれば会社が正規従業員として不適格であると積極的に認定した場合についてのみ本採用とならない場合があるという趣旨に判断されるので、文言自体は本採用となるについてそれほど強い要件を定めたものと解せられないこと、さらに試採用から本採用となるについて格別の使用者側の積極的な処分(たとえば試験だとか適性検査など)ないしは認定行為を必要とする旨の規定がなにもないこと、賃金も試採用から本採用となつても採用初年度は従前どおりの賃金であることは被申請において明らかに争つていないからこれを自白したものとして認定できること、さらに試採用期間中本採用とするに不適格と判定されない限り当然本採用となる契約であつたことは当事者間に争いないところであるので、結局以上認定の趣旨に照らして考えてみると、本件の場合における試用に関する契約はこれを独自の契約と解すべきではなく、契約自体は当初から期間の定めない一個の労働契約が存在しているが、ただ当初三ケ月の期間についてだけ、使用者がその試採用者を会社の正規従業員として採用するのに不適当と認めた場合には、就業規則の制約なく(ソニー株式会社厚木工場就業規則第二条第四五条参照)一方的に本採用を拒否し当該労働契約を消滅させることができることを内容とする権利を使用者側に認めた趣旨の契約というべく、したがつて申請人は右三ケ月の期間内に本採用とされない旨の積極的認定をうけない限り当然本採用となる身分を取得しうべき地位にあつたものといわなければならない。しかして使用者のなす右本採用拒否の処分は当該労働契約を終局的に消滅させるという法律効果もつものであり、右の法律効果自体に関する限りはその効果は解雇の場合と異なることがないので、その性質に反しない限り解雇の場合におけると同様の法的考察をなす必要があるものと解する。したがつて会社が当該試用者を本採用とするのに不適当と判断して本採用を拒否するにあたつてはもとより恣意の認定は許されず、本採用を拒否するについて相当の理由がない場合は権利の濫用として無効となり得るといわなければならない。

ところで試用契約は前記のように当該試用者の職務上の適格性を判定するために設定した契約であるし、ことに本件の場合には使用者が通常の試験その他の選考手続を経て採用せられたものであるから、使用者が本採用とするか否かを判定する場合には、原則としてその試用者の職務上の適正の有無の判定を中心としてこれをなすべきものである。そして試用者は通常その作業ないしは職務に不慣れであるから、その作業上の適否の判定をなすにあたつては、当該試用者をその企業内に継続的に組み入れることを拒否することが相当と認められるような顕著な作業上の瑕疵があるかどうかという点を基準にしてこれをなすべきであり、この程度にいたらないさ細な作業上のあやまちなどは本採用拒否の理由にはならないというべきである。

そして以上のように解する限り、当該試用者の健康状態もその作業の遂行能力に影響を及ぼすかぎり判定の要素となる場合であろうが私的生活は原則としてその判定の対象外に置かれるものと言うべく、ただ本人の作業能力の適否の判定をなすにあたつての、そしてその限度においてのみの参考資料として問題とされるに止まるというべきであろう。

(2)  本件について考えてみるに、被申請人会社は前認定のように申請人の入社後の約二ケ月の勤務態度およびその間における申請人の性格ないしは同人に対する医師の診断の結果を総合判定し、その結果本採用とするに不適当と認めたものと解せられるのであるが、申請人の作業態度については前認定のようにとかくおしやべりが過ぎ度々の注意にもかかわらずその点についての反省がなかつたように推認されるのは試用期間にある者として好ましくないことではあるけれども、証人<省略>の各証言によると、係長とデイトしたとかエンジニヤーから本をもらつたとかいう私的雑談の有無についてはこれを直接聞知しうるのは職場の直接のチーフである中村哲也ならびに同一職場の同僚だけであることが推認され、しかもチーフ中村がそのことを認知した経過も伝聞によるものがあつて具体的には特定できないこと、他の上司はいずれも中村チーフの報告によつてこれを知るにいたつたことが認められ、その程度も前掲証拠と辨論の全趣旨によれば通常作業をなす者としてかなり程度を越していたのではないかとうかがわれる面もないではないが、しかしこれを顕著に認め得る疎明はない。

またICO測定における作業上のミスも前掲証拠と辨論の全趣旨によれば、一度ならずその回数も何度かに及んでいたのではないかと推測されうるのであるが、しかし明確に確認できのるは一度だけである。一方申請人の寮生活ないしはその性格態度については<疎明―省略>によれば、申請人はほがらかな方で、職場においても寮においても同僚の人気のまととなり話題の中心となつていたことが認められるのであるが、前認定のように同僚をいぢめたり、同室の者に対して優越的態度をとつていたことはこれを認めるに足る疎明はない。したがつて申請人の作業態度ないしはその生活態度については、一般の同僚にくらべその作業成績において少しく劣り、その作業態度ないしは寮生活においてとかく注目すべき言葉をとつていたことが認められるに止まり、前記説示の趣旨に照らし作業遂行に差支えるような顕著な瑕疵を認めることはできない。

そこで申請人に対する武田医師の診断の結果が本件本採用拒否の処分にどのような影響を及ぼしたかについて考えてみよう。被申請人会社が右武田医師の診断結果を判断の資料として本採用を拒否するにいたつた経過についてはすでに認定したところであるが、右認定の経過と<疎明―省略>および本件辨論の全趣旨によれば、被申請会社が申請人の本採用を拒否するにいたつた理由は、入社後六月中旬頃判明するにいたつたSCT(文章完成法)の結果申請人が分裂気質を有することがわかつたこと、そして申請人の言動について疑問をもつた被申請人会社は申請人を六月一九日武田医師に診察させたところ前認定のように抑うつ状態等を加味するヒステリーと診断されたこと、その後数日を出ないで聞かれた課長会議においても当然その結果が報告されていると認められること、そして、以上の申請人に対するSCTの結果と武田医師の診断の結果が右会議においても相当重要な問題とされ、そしてそのことが本採用を拒否する主要な動機となつたことが推認されるのである。そしてその結果申請人に対し前認定のとおり、同月二六日本採用を拒否する旨告知したのであるが、その際特に精神的疾患を拒否する旨告げたわけではないが、前認定の趣旨から実質的には右診断の結果等によつて判明するにいたつた、申請人の精神面が主要な理由となり、これに合わせて申請人の作業態度等が問題とされ本採用を拒否するにいたつたことが認められる。このことは被申請人会社において六月二六日申請人に対して本採用を拒否する旨告知したのち、同月二八日付で申請人の父親宛に発信した成立に争いない甲第八号証の手紙の内容において特に顕著にあらわれているのであり、同号証によれば、申請人は武田医師の診断の結果「ヒステリー症抑うつ病」と診断されたことになつていること、そして申請人の「病気は決して直らないものではありませんので、静かな環境の中で……治療を行なえば治るということです」とされていることからもうかがい知ることができるのであり、申請人をその言葉自体は精神病者として扱つているのである。

(3) 権利の行使は信義に従い誠実になすべきことは法律の定めるところであり、このことは労働法の分野においても妥当するものというべく、ことに労働者を解雇することはその生活手段をうばい、理由によつては将来を含めて当人に致命的な打撃を与える場合もあり得ることを考慮しなければならない。同時に使用者としても企業の合目的な遂行をはかるため労働者をその企業から排除しなければならない場合もありうることは多言を要しないことであるので、解雇においては特にその理由ならびに労使双方の事情を慎重に考察しなければならない。このことは試採用者の本採用を拒否する場合においてもその試採用契約の内容によつて差異があることは別として、終局的にこれを異別に解すべきではないことはすでに説示したところからも明らかである。

本件の場合において被申請人会社が申請人を本採用とするに不適当と判断するにいたつた経過はすでに認定したとおりであり、被申請人会社がその掲げる理由をもつて申請人の本採用を拒否するにいたつた経過は以上認定の趣旨を総合してみると首肯するに足る面がないではないが、しかし本件試採用契約の趣旨を前記のように解しその本採用を拒否するに足る理由として考えられるべき基準を前記説示の趣旨に解する場合に、申請人のおしやべりとか作業上の以上に認定した程度のあやまりを理由に本採用を拒否することはその理由としては到底首肯することができないし、また被申請人の精神的疾患の有無についても、証人蜂矢英彦は分裂気質も単に人の精神面における性格傾向をあらわすだけの意味を有するだけで病気ではないという意見をのべているし、又、武田医師は申請人に対しヒステリーと診断したが、上記のとおり僅か三〇分の問診を経たのみであり、前掲甲第三九号証ならびに証人蜂矢英彦は、申請人がヒステリーと診断されたとしても、その状態は一過性のものとみられる条件があり、その程度も病気といえるほど重いものでなく軽いものであつたとの意見をのべているので、以上認定の経過と右蜂矢医師意見ならびに申請人本人尋問の結果を総合してみると、本採用を拒否された当時の申請人の精神面は特にこれを病気とするほどのものではなく、いわゆる通常の意味の一過的なヒステリー状態ないしは精神面身体面の不安定な状態から来る精神的な偏向状態を示しておつたに過ぎないものと推認されるのである。したがつて被申請人会社が申請人を以上認定した程度の資料をもつてこれを病気ないしは加療を要する疾患として扱い、しかもその点を主要な実質的な理由として本採用を拒否したことはいささか軽卒であつたとの批判を免れないし、ことに本採用を拒否することは前記説示のとおり解雇と変るところがないので、以上認定した程度の申請人の作業ないしは生活態度、その性格ないしは精神状態を理由に申請人の本採用を拒否することは、その実質的理由においても首肯することができないし、その手続面においても前認定のとおり申請人を精神病として扱いこれを保護者に告知するような顕著な瑕疵が認められるので、結局被申請人が申請人に対して本採用を拒否ことは相当の理由を欠くものと断ぜざるを得ない。果して然りとすれば、本件本採用拒否の理由が人の精神面に関することであり、ことに申請人が思春期の形成途上の過程にある少女であるだけに、それが解雇に結びつくときの精神的打撃は推測するに難くなく、被申請人の申請に対する本採用拒否の処分は社会一般の通念に照らして是認することができず、権利の濫用として無効であると言わざるを得ない。

(4)  よつて申請人の他の主張について判断するまでもなく以上の点において申請人の主張は理由があることに帰する。しかして申請人は前記のように本採用となることを拒否されない限り昭和三七年四月一八日より三ケ月を経過した同年七月一八日をもつて本採用者としての身分を取得すべき地位を有していたものであるところ、前認定のように被申請人の申請人に対する本採用拒否の処分は無効であるから、申請人は同年七月一八日以降本採用者としての身分を取得したものと言わなければならない。

三、<疎明―省略>によれば申請人は現在ソニー株式会社労働組合の臨時書記となつているが、その生活は組合からの月四、〇〇〇円位の借入金と資金カンパなどをして集めた金をもとに維持している状態で、定まつた収入もなく不安定な生活を送つていることが認められまた本件の問題が申請人と同じ世代の女子工員で占める被申請人会社内にも波及し、申請人ならびにその両親の感情もいちじるしく阻害されていることが認められる。

しかしながら前認定のように申請人は現在被申請人会社の正規従業員としての地位を有するものであるが、申請人の主張するようにその地位を有することから当然に寮の居住使用会社食堂その他の厚生施設を利用する権利があるかどうかは別途に考えられなければならない問題であるし、また現在本案判決は確定に先立つてこれら施設を早急に利用する必要があるとの疎明もないので、その意味では申請人の従業員としての地位の保全を求める仮処分は認められないが、地位保全の必要性を前認定の趣旨に解するにおいては現在申請人の従業員としての地位を保全する必要があると言い得べく、したがつてその意味において申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を仮に定めることとする。

つぎに賃金の支払をもとめる部分について判断するに、申請人が本採用拒否の処分をうけた当時の申請人の一ケ月の賃金が一万一、〇〇〇であつたこと、申請人と同時に入社した者の賃金が昭和三八年四月から一万三、四五〇円になつたこと、被申請人会社の賃金支払日が毎月二五日であることは当事者間に争いなく、試採用から本採用にかわつても採用初年度においては従前の賃金と変わらないことは被申請人において明らかに争つていないからこれを自白したものとみなすべく、よつて申請人は被申請人に対し昭和三七年七月一八日以後の賃金の支払を請求する権利がある。申請人は昭和三八年四月一日からベースアツプが行なわれ申請人と同時に入社した者は一万三、四五〇円になつたから同日以後は右ベースに従つて算定すべきであると主張するけれども、右ベースアツプの趣旨がいわゆる物価高などによる賃金ベースの画一的改定によるものか又は勤務実績等にもとづく定期昇給によるものかについての疎明がないし、また右昇給分も含めて現在被申請人に対し賃金の支払を請求する必要性も認められないので、同日以後も従前の賃金である一万一、〇〇〇円の基準で算定するのを相当と認める。よつて昭和三七年七月一八日以降同三八年一〇月末日までの分を一ケ月一万一、〇〇〇円の割合で計算するとその総額は一五万八、九五六円となるので、被申請人は申請人に対し金一五万八、九五六円および昭和三八年一一月分から本案判決確定にいたるまで毎月二五日限り金一万一、〇〇〇円を仮に支払う義務がある。

よつて申請人の本件仮処分の申請を右認定の限度において認容し、その余の申請を却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官雨宮熊雄 裁判官大内淑子 佐々木一雄)

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